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病院にて

もう3年ほど前に、ある大きな病院で、各病棟にある談話室で、そこの本棚には、あふれんばかりの宗教本が置いてあることに気付いた。

それは一般の雑誌や小説などよりはるかに多く、宗教団体の陣取り合戦と言ったところであった。「他の教団にはまけないぞ」とばかりに張り合っている。そのようなことをする工作員(と言ってもいいだろう)がいるのだ。この病院は公立なので、そうした取り締まりの規準が作りにくいのだろう。まさにやりたい放題だ。

その日は暇だったので、1階から最上階まで、どこの団体が多いか調べてみた。幸福の科学、生長の家、親鸞会などおなじみの新興宗教ばかり、そこで創価学会といえば、なんとICU(集中治療室)病棟に1冊、SGIグラビアがあっただけ、これは以外だった。

だが私はある老夫婦の患者から聞いたのだが、自分達の病室がばれてしまい、創価学会員が大勢で押しかけてきて非常に困っていると。創価学会はやり方が違うのだ。この職場でも沢山の学会員がいるため、わざわざ、パンフレットのような書籍に頼らなくても、それ以上に人海戦術で活動できるのだ。

この病院はこの地域では中心的な存在で、ようは町医者が手におえない患者が集まるところだ。その方々が亡くなれば、言葉は悪くなるが大金が動く、葬儀に、お墓、相続などなど、そこに利権を求める宗教団体は、ハイエナといえば、あまりにもハイエナがかわいそうだろう。

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創価学会はアメーバーのようなもの

前のエントリーの中に、創価学会はアメーバーのようなものと書いた。

非学会員が学会員と向き合った場合、一対一の話合いと思っていると、後でどんどん学会員の応援団が増えてきて、或いは突然増えたりして、びっくりする。こんなことはいろいろな場面でありそうだ。

例えば近所の人柄の良さそうなご婦人が、ニコニコしながらあなたに「今度、うちでお茶でも飲みながら、お話しません」などと話をしてくる。ご近所だし、無下にも断れない、気が向かないが仕方なく行くと、薄気味悪い人相の者が5、6人集まっている。なにか雰囲気がおかしいと思っていると、実は全員が創価学会員であることを告げられ、自分を勧誘(折伏)するための集まりであることにに気付く、その後、学会芸能人のビデオを見せられ、運命がどうのこうのといった話になっていく。

次に職場ではこんな感じだ。その職場が学会系であったりすると、非学会員は辛い想いをする。非学会員が学会員に正当な理由があって注意したとする。すると、学会員同士が話し合って、注意した人の悪口を言いふらしたり、上司に言いつけて、上司から叱らせたり、などなどイタイ目に遭うことになる。実際私自身、よくやられたのだ。特に人の悪口を言いふらす、スピーカー部隊のおばさんには、よく悩まされている。

なんだか、簡単過ぎるくらいにその例を紹介してしまったが、その細部にはかなり狡猾なやり方があるのだ。私はその狡猾さは、本来日本人にはなかったものと思っている。それについてはリンク先にある「博士の独り言」を読んでほしい。それにしても、当の本人たちには全く罪悪感がないようだ。
ここのところにカルト宗教の恐ろしさを感じてしまう。

学会員とは分かり合うことはできない

創価学会員と話をした時、歯車が合わないことを感じたことはないだろうか。
別にこちらとしては、創価学会に偏見をもってないのに、また、創価学会には関係のないことについても、話が噛み合わないのだ。

どうしてそうなのか?彼らの思考回路が、世間一般とは違うからだ。
以前、ある方(仮にSさんとしよう)とブログ上でお話させて頂いたことがある。そのSさんは現役の学会員でありながら、自らを創価学会解散派であると、そして内部にいるからこそ(解散に対して)できることがある、と仰っていた。

そんなSさんの説明によれば、創価学会には洗脳するためのプログラムがある。まず、入信したばかりの人を、みんなで囲い込み、その上で意見を言わせる。そして、全員でよってかかってその意見を否定するらしい。しかし、その意見についての答えは言わないのだそうだ。それを繰り返す内に、自分が今まで経験したことによって積み重ねてきた貴重な人生観や、価値観を否定するようになり、創価学会の指示どうりに動く人間を作っていくのだそうだ。Sさんはそのことを「軸足をずらす」と表現されていた。

そんなことを年がら年中、座談会や他の会合などでやっていれば、世間一般人の価値観を大きく離れていくのは当然といえるだろう。

そんな学会員も、365日学会員とのみ暮らすことはできない、もしあなたが創価学会員と会話する機会があって、その感想を訊かれ「いや、私が会った学会員はそんなことなかったよ」と答えれば、それはその学会員が、学会員の世界と世間一般人の世界の違いを使い分けているためで、それ位の訓練を積んだ学会員もかなりいるようで、本心は別の所にある。また、そうでない学会員は、下を向いて黙りこくり、救いを学会の会合に求める、と言ったところであろうか。学会員は非難されると、却って信仰心を強くするという。

創価学会はアメーバーのような組織だと私は思っている。つまり向かい合う対象が一人であっても、何処からか応援団が現れて、数でものごとを押し通そうとする。あなたがもし創価学会員と対峙しなければならないのなら、その性質を頭に入れておくべきだし、それほど重要性のない事なら、創価学会員との接触は避けるべきであり、分かり合おうとするのは愚の骨頂である。


なるほどそうか学会

創価学会には地域本部とよばれる部署がある、以下のことはフォーラム21 6/1号を要約したものである。

戦後、爆発的に興隆した創価学会の原動力は、過激な「折伏」活動にあった。「罰・功徳論」を説いて入信させていったのである。

しかし、民主化、個人の自由が台頭していく時代の流れに、学会の傍若無人な「折伏」スタイルは埋没した。学会は一転、布教戦略の転換を余儀なくされ、「折伏」に代わって、「仏教対話」といった柔軟路線に変更する。

そんな戦略のなかで「地域社会に、信頼と友情を広げていく『友好活動』を広範囲に推進する」(「聖教新聞」1999年7月6日付)といった「地域本部」の設立もその一環だった。

その「地域本部」の目的は、折伏に代わる布教と同時に、公明党の支持者拡大を図る選挙運動の常態化に他ならない。

この「地域本部」の活動は、実に細密に及んでいることが、手元にある「内部文書」からもその一端がうかがわれる。

同本部の「地域部員」をこう定義している。


1.地光会 町会・自治会(これに準ずる地域組織)の3役クラス
2.盛光会 商店街の3役クラス
3.寿光会 老人会の3役以上
4.福光会 民生委員・保護司
5.学光会 PTAの3役クラス
6.勇光会 消防団
7.慈光会 青少年委員、交通安全委員、体育委員などの公的ボランティア

いずれの会も、地域住民をリードするポジションである。各地域に住む学会員で、こうした地域のリーダー格を「地域部員」に認定して組織化を図ろうという内部文書である。また、「マンション委員会」「福祉委員会」は地域部から切り離し、地域本部の下に設置し、掌握、激励する。

これら、地域のリーダーのポジションを獲得し、「友好活動」の名の下に創価学会を浸透させる。このような用意周到な地域への浸透ぶりには驚きを超えて、脅威さえ覚えてくるのだ。

以上が要約の部分である。
あなたの周りにも学会員でかつ、町会長などをしている人がいないでしょうか?いたとすれば、このような背景があることを知っていると、理解しやすい。私が知っているのは、「地光会」「勇光会」そして「慈光会」の学会員。彼らの仕事ぶりはいい加減である。地域の役職に、学会活動とくれば、いくらなんでも忙しいだろう。
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コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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