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2006年よ ありがとう

今年もあと5日となりましたね。早いものです。
もうすぐ紅白歌合戦、私としては楽しみの一つなんです。

私はこの1年、アンチ創価学会系サイトに参加させていただき、沢山の方と出会い、それぞれの想いを知ることで、いろいろと学び、自分と比較することで、現在の自分を知ろうとしました。まだまだ、道半ばではありますが、更に努力したいと思っております。

今年の9月から始めたこのブログにも、沢山の方が訪れていただき、コメントを残して頂きました。誠に有難う御座います。

来年もさらに努力して、皆様にとっても頷いて頂ける記事を書いて行こうと思っております。

皆様、ありがとう、そして来年も宜しくお願い致します。それではよい御年をお迎えください。

*尚コメントについては自由にお書きください。まだ、承認制となってますが、様子を見て、できるだけ早く元に戻すつもりです。宜しくお願い致します。
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創価学会は儒教思想なのか 3

今年もあと10日となりました。早いものですね。なにかと気ぜわしい時期ですが、ここを訪れる皆様には、今一時のお付き合いを願います。

「創価学会は儒教思想なのか」も3回目となり、今回で一区切りとする。

私は人種または民族による差別は否定する人間だ。どんな民族にも優秀な人もいれば、そうでない人もいる。日本人にしろ、朝鮮人にしろそれは同じである。だから、差別があったのなら、保障はされるべきだと思う。だけれども、この在日コリアンの歴史問題が分かってくると、それはちがうだろう、という想いが強くなる。日韓併合から今日に至ることをネットや本でよんでみると、以前の私の歴史観を換えざる得ないのだ。

日本人は朝鮮国に対して行ったことは、これまでマスコミが吹き込んできたような(例えば強制連行や従軍慰安婦問題など)イメージとはかけ離れたものなのだ。

ではなぜ、在日コリアンたちは差別を言い続けるのか、本やネットでは、それは在日特権などの利益をさらに、永くもらい続けるためとの指摘が多い。私もそう思う。彼らは、差別を訴えるのは役場などの公的機関ばかりで、巨大な垂れ幕を役場などに(これは関西で多い)つけさせているけど、自らマイクを持ち、街頭で差別を訴えた姿は見たこともない。つまり国民の意識レベルではかなり昔に解決されていることを、今もなお、権利として要求をつづけているのだ。

このような活動を続ける在日コリアン(勿論、全員ではないが)は当然非難されるべきであるし、当然その声は差別の対象でもなんでもないはずだ。しかも今、在日特権を受けているものは、移住してきた人の子や孫であり、当事者ではない。

現在、公明党(=創価学会)が政策として、法制化しようとしているのは「共謀罪」であり、「在日外国人の地方参政権」であり、どちらも在日コリアンの利益に強く結びつくものである。在日コリアンの活動が創価学会と結びつくことで、さらに巧妙化していくことは、容易に想像できる。

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Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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