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裁判情報 9

皆さま、こんにちは。

今日は久しぶりの裁判情報です。

「りんごっこ保育園」 東村山市議会に対して勝訴確定!

皆さまは「りんごっこ保育園」という名をご存知ですか?このブログでも前に取り上げたことがあります。その記事のタイトルは「地方を腐らせる公明党」です。その中で紹介したニュースがこれでした。

議会決議が名誉毀損 東村山市に300万賠償命令
共同通信 2008年2月29日22:01

東京都東村山市の保育園の園長が、「保育環境が悪い」という内容の市議会の付帯決議で名誉を傷つけられたとして、市に500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は29日、300万円の支払いを命じた。

定塚誠裁判長は「ほかの保育園と比べ劣った環境ではなく、議決は真実ではない。議決が載った広報誌が全戸に配布され、原告の社会的評価は低下した」と指摘した。

その上で、「原告に対する批判的対応は、通常考えがたいほど執拗。公正な議会の場である議会としてはかんがえられない何らかの強い感情的確執、嫌悪感に基づいて行われたことさえうかがえる」と市議会の姿勢を批判した。


思い出されましたか。そうです。この保育園は設立当初、いや、設立前から、市議会などからイヤガラセとしかいいようのない仕打ちを受け、現在に至っています。その件については、エントリー「地方を腐らせる公明党」「地方を腐らせる公明党 2」を読んでください。


それで、この件についての続報が「フォーラム21」2月号に載っています。それによると、この裁判の控訴審判決が昨年12月11日に東京高裁で、一審の内容を変更せず、言い渡されています。一審で大恥をかいた東村山市議会、控訴していたこと自体が驚きですね。で、更にサイト「東村山新聞」を読むと、今月2月16日に東村山市(市議会)が控訴を取り下げた、とあります。もう、開いた口が塞がらないとはこのことです。最高裁まで上告していたのですね。控訴し、威勢を示しながら、後で取り下げる裁判術は、創価学会関連裁判でよく見かけることです。この裁判の被告側は東村山市ですが、中心となっているのは公明党(=創価学会)議員と親創価学会ライターで、議会では先兵としての佐藤まさたか市議(無所属)です。

その佐藤まさたか氏、控訴審の審議ではいろいろとやってくれたそうです。同じ「フォーラム21」2月号に書かれている内容を簡単に述べますと・・・

一審で敗訴した市議会多数派側の弁護人は、「りんごっこ保育園」に対して、議会が付帯決議した文言(設備の改善等の指導に従わない場合に)「認可の再考」というのは、「認可の取り消し」を意味したものではなく、一般的な「認可基準の見直し」を意味したものであると、必死に“すり替え”を図ったのだそうです。

ところが、佐藤まさたか氏はご丁寧にも陳述書を提出し、その弁護人の意に反する内容を書いたために、その作戦をぶっ壊す結果を招いてしまったという(笑うな、というほうが無理)。

更に、佐藤まさたか市議について書かれています。簡単に書くと・・・

「りんごっこ保育園」というのは東京都の第三者評価の受審結果は「オールA」なのだそうです。そのことで佐藤まさたか市議には、ある保護者からメールが届いており、その者によれば「私はオールAにはしていません」と書かれているという。そして、そのメールまで裁判所に提出してしまった。ところが、この「オールA」というのは、東京都が公表する段階で示されるものであり、実際に保護者が書面に記す段階では「はい・どちらともいえない・いいえ・無回答」のいずれかを選択するものになっていて、佐藤まさたか市議の提出したメールは事実ではありえない内容となっているという。

全く、アホらしい、市議会側のやっていることは、裁判というより茶番劇といった方がいいのでしょう。ところで、この確定した賠償金、裁判費用は誰が払うのでしょうか?東村山市民の税金から?それはあんまりでしょう。当然、、付帯決議に賛成した議員によるカット割でなければなりません。また、受取る方の「りんごっこ保育園」はしっかり受け取ってほしい。受け取ることで、本当の意味でこの裁判が確定するのです。受け取らないと、逆に、「受け取らないのは後ろめたさがあるからだ」などという輩だ出てくるに違いないのですから。

その他の裁判結果は・・・

私は勿論、学会員を喜ばせるつもりはないのですが、しかし、事実は事実として創価学会や、その擁護者が勝訴した判決も紹介しようと思っています。この辺が「聖教新聞」とは違うところですが。

「フォーラム21」平成15年8月1日・同平成16年4月15日号損害賠償請求事件

この裁判は創価学会員ライターの柳原滋雄氏が「フォーラム21」の記事が名誉毀損に当たるとして訴えたものです。一審・二審と乙骨氏・「フォーラム21」側の敗訴が続き、昨年9月9日に最高裁でそのまま確定してしまいました。ところで、柳原氏といえば、昨年、瀬戸弘幸氏が主催した「政治と宗教を考えるシンポジウム」にのこのこ顔を出して、追い出されたヤツですね(笑)。

山本武創価学会総九州長提訴事件

皆さまは平成18年に起きた「九州の乱」という、地方学会員による反乱事件を覚えておられますか?そのようすを伝えた「週刊新潮」の記事が、名誉毀損にあたるとして山本武創価学会総九州長が訴訟を起こした事件。最高裁は昨年11月4日、乙骨氏・新潮社の上告を棄却する決定をしました。これで確定してしまいました。


この後も注目の裁判が・・・

「創価新報」平成18年2月1日号謝罪広告等請求事件
これは「フォーラム21」の発行人乙骨氏が、同紙によって名誉毀損されたとして提訴したものです。現在、東京地裁で係争中。事件のあらましはこのブログ「裁判情報 6」をみてね。

この他、昨年9月1日行われた、ブログ「日本よ何処へ」主宰せと弘幸氏が中心となり行われた東村山市での街宣活動で、名誉毀損されたとして、街宣参加者西村修平氏(主権回復を目指す会会長)を訴えた裁判などが注目されますね。





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 ちょっと書き込むのにまごまごしていたら、記事があたらしくなってしまった。過去記事、なにげに読み返してあっちこっちひっかかってしまいました。コオロギ丸さんのスタンスに改めて感心してしまいました。
 私の言いたいことをなにげにコオロギ丸さんが記事にしてくださったりするのでありがたいです。内容を書きたいのですが、その気力がないので、優先のこと書いてみたいです。
 まず、私はよんどころなく今英語を習っております。どうしてか、これを書いたら私の言わんとするところがより伝わるのではないかと思うようになったのですが、どのようにでまごついております。特に日本人観につきましてコロンさんとの会話において感じてるんのですが(コロンさんはそうかによるあり方でもって日本人はと言い勝ちと私には思われます。ふー)
でも、なんとなく躊躇を覚えます。これも経験故なんですが。どうしたもんかと思ってます。
 で、そのコロンさんですが、彼女の所へ行けません。何かご存知でしょうか?ちょっと心配なので。過去にもあったような気はしますが。
ご存知でしたら、お教えねがいませんでしょうか?お願いします。
 もう少し文が練れましたら、書いてみたいと思います。では、乱文にて失礼しました
     カナタ

カナタさんへ

ようこそ、こんにちは。


カナタさん、英語を習われているのですね。カナタさんも創価学会については、いろいろと煩わしい想いをされておられるのですね。

ひとつ提案があるのですが、カナタさんの想いを、カナタさんの母国や同じ言葉の国々に向けに発信されてはいかがでしょうか?

最近は、ご存知のように、瀬戸弘幸氏らによる街宣活動も出てきました。創価学会に対する監視の目も厳しくはなっていることでしょう。

ですが、一人の市民が創価学会を非難する場合、それは創価学会ではなく、外部へと訴えないと、どうにもならないのが現状といえるでしょう。ブーメラン攻撃ですね。

“日本人観”ですか、これを外国の方に指摘されるのは、正直、痛みを覚えます。ですが、現状がそうなのですね。日本の「和の心」というのは、悪い意味で曖昧さを残す、ということになるのかもしれません。そこに付け込む外国や創価学会などの組織があることを、日本人は肝に命じるべきなのですね。





お返事ありがとうございます。
コロンさんと同じ長女としてのありようでコロンさんへの思いがあり、気にかかります。

 私の言う日本人観とは日本人自身が使い回しをしているものです。曰く、日本人だから出来ない、日本人だからこうする、日本であったらできない等々、ステレオタイプのバイアスで自分自身の有り様を表すのです。そして、その感覚で行動を規制してる日本人だからと。。。
かえって日本を知らない外国人は私を通して日本を知ってくれようとします。またそうかはこの日本人観を使ってそうかの都合に合わせて自分らの正しさの根拠とし、受け入れない日本の社会を魔として会員の情動を煽ります。ですから、そうか批判に広く日本人の悪いイメージは使えないと思いますし、はずれてます。私とても異国に縁することがあって初めて知りえたことですが。そうかは通常の日本人の態度とは遠くかけはなれてますもの。

 何かしら人を超えた存在を信じても宗教を持たないということの認識(アメリカインデアンのように)をもっている人は世界中にいます。そうかの無宗教の批判は的が外れてますし、他国の人と意気投合に自分の国へのスタンスはかかせませんし、そうかのように自分だけ押して聞く耳もたなければ、どんな国の人でも避けて通ります。あ、インド、中国、朝鮮の人達はわかりません。ただ私が親しくなった人達は避けます。

 まだありますが、今日はこの辺で
私の文章に不適切がありましたらお教えください。たまさかそうかの事になりますと逸脱してしまうのでよろしくお願いします。

カナタさんへ

こんにちは、カナタさん。

>その感覚で行動を規制してる日本人だからと
そうです。カナタさんのいうような日本人のあり様を、私たち日本人は美化して「和の心」などといっているのです。それは弊害もありますが、すべて否定できるものでもないのだと思います。

話が変わりますが、私の知っている油絵の先生は(初老の女性)は、以前、フランスに留学したときに、パリでのこの“絵”の世界で、日本人どうしで、お互いを正当な理由もなく“よいしょ”するような組織はやめてほしい、といわれたそうです。現地の人はそうした日本人の動きを警戒していたのですね。ヨーロッパの国で、「日本人が好きだ」と答える人の割合が一番低いのがフランスなのだそうです。私はフランスにあこがれますし、モンマルトンには一度行ってみたいのですが。

ところが、そうした日本人が作る、身内意識のグループを、更にケタ違いに強くしたのが朝鮮民族です。そのメンタリティーは創価学会も同じですね。これが私の創価学会観です。

朝鮮民族にしても創価学会にしても、あるのは儒教思想の腐りきった弊害の部分だけです。彼ら自身が他の者よりも上であろうとするためには、何でも使います。日本人観の否定も、他宗の否定も、政治や司法などへの人材の送りこみも、すべてそのためなのです。

ですので、他人を非難する創価学会自体には、元々なんの主張もないのです。あるのはモンスター化したヒエラルキー的な煩悩のカタマリだけなのです。

>何かしら人を超えた存在を信じても宗教を持たないということの認識(アメリカインデアンのように)をもっている人は世界中にいます。

わぉ!こういうのっていいですね。私もそうですが、日本人は行く先々の神社やお寺、または教会にしても、それに従ったお参りをします。というのは、結局、無宗教に近いのかもしれませんね。しかし、私自身は漠然とした神の存在というのは信じています。




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コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
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