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創価学会員の活動の原動力とは

創価学会員はなぜに、その組織の言うとおり、活動するのだろうか?F票集めに、折伏、などなど。これは学会に籍を置いたものには、到底理解できないことだ。池田先生のため?功徳によって宿命転換を図るため、日蓮の唱える“罰”が怖いため?これらのこともあるとは思う。しかし、このようなことだけで説明がつくのだろうか?どうも合点がいかない思いなのだ。ここに来られる皆様はどう思っておられますか?

聖教新聞の四面座談会は、よくブログでも取り扱われている。あまりにも汚い罵詈雑言は、世間一般人には聞くに堪えない内容だ。こんな記事を載せれば、聖教新聞社自体(これは商業登記上法人としては存在していない、実際には創価学会新聞部といったところ)の信用も落とすだろうと思うけれど、そんなことはおかまいなしだ。ではなぜこのような記事を続けなければならないのだろうか?

ここのところに、学会員の活動の原動力が現れている、と私は思うのだ。四面座談会では、創価学会の大幹部が揃って学会に異を唱えた人を、これでもか、といわんばかりにけなしているが、槍玉にあげられる対象はいつも一人に対して、複数の人間がよってかかってけなしまくるのだ。これではフェアではない、などと思うのは世間の人であり、これを活力に変え、明日また活動をがんばろうとする学会員にはカンフル剤となっているのだろう。

ではなぜ、これが活力となるのだろうか。ここで注目したいのは、四面座談会の図式が、世間でよく問題となっている学会員とのトラブルの時の図式と似てはいないだろうか?つまり、一般の、いや末端の学会員が行っている活動も、相手一人に対し、学会員数人と言う図式だ。これはよく近所の人を折伏する時に現れる。他にも、うっかりと集会などに足を運んだばかりに、そうした目にあったりする。        つづく
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コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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