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イヤガラセの目的は?2

前回のコメント欄でも少し書いたけど、私自身は、学会員によるイヤガラセは相手の言動に対して、制約を持たせようとしているケースが多い、と思っている。逆に言えば、たかをくくるのは危険だけれど、それ以上のことはされない、今日はこの程度か、などと考えることも可能ではないだろうか?

さて、「言動における制約」とはなんぞや?と思われる方をいるかもしれないので、そこを書いてみたい。

例えば、人は誰かに見られている、と思えば、人間、意識をするし、はずかしくない態度を保とうとする。これは制約であり、疲労なのだ。些細なことであり、社会ではありふれたことだけれど、これをプライベートな場面でされると、疲労も大きく、怒りを覚えたりするだろう。
私の知る学会員はこれを、悪用するのがうまい。学会員によるイヤガラセを思いだすと、プライベートな場面が多いのに気付かないだろうか?自宅の留守番電話、玄関先、職場では、ロッカーや机の引き出しなどなど。場合によってはイタズラとわからない程度の小細工も使う。私には、学会員が「我々はみているよ」「我々は関与するよ」と無言の圧力を加えているように思えるだ。でも、もう、そうしたことにはなれたので、大きく反応しなくなった。「やったな」と目で訴えれば、「それがどうした」などと、目で返してくる。変な会話ができるようになった。

以前、ネットであった記事に、対学会員対策に、盗聴器発見器や、ボイスレコーダを携帯している人がおられた。その人の情況は私より深刻だし、用心にこしたことはない。だけれど、相手の心理を見抜ければ、それだけで少しは気が楽になるし、警戒心も緩めることもでき、こころにも余裕を広げることもできるのではないだろうか。

                            
  つづく


追伸

5月25日付の「博士の独り言」を皆様は読んだだろうか、「三色の広告塔にご用心!」という記事である。まだの人は是非、このページのリンク先からアクセスして読んでほしいが、創価学会の芸能人を利用した“悪の本質”を見事に表現している。その内容は芸能人という、庶民とは縁のない世界だが、創価学会のやることは本質で同じだと思う。その記事を身近な事柄に置き換えて、共通点を見出せる人も多いのではないだろうか。


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コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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