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「昔の創価学会は良かった?」を外から考える

皆さま、こんにちは。

今日はあたたかく天気がいいですね。数日前の寒波がうそのようです。

さて、よくネットなどでは、古参の学会員が「昔の創価学会はこんなんじゃなかった」「創価学会は変わってしまった」などといわれる方がいますよね。その人からみれば、昔の創価学会はすばらしくこころが通うひとつの“家”のような存在だったと。そんな昔と今を比較してため息を漏らす人もいるようです。そんな方がいう、すばらしかった創価学会とは昭和30年代から40年代までのころでしょうか?確かに、その当時を懐かしむ学会員の声には和気あいあいとした雰囲気が伝わってきます。

私のような昭和30年代から40年代にかけて幼年期を過ごしたものにとっては、確かに日本の社会全般に、盛んな近所付き合いがあって“お隣さん”という生活環境があったものです。今のように子供のいじめを見ても、知らんふりをする大人は少なかったですし、近所で遊ぶ子供たちは子供たちで、年長の子が下の子を取り仕切っていて、下の子がいけないことをすると上の子が注意をしたものでした。そんな誰から教わったわけでもない常識が当時はみんなが持っていた、というより、当時の社会の雰囲気そのものであった気がします。

そんな社会の中で、私もいろいろな遊びをしたものです。「カン蹴り」や「クチク」「陣取りゲーム」などかな。時には塀に落書きをしたり、それなりのやんちゃもしたものでした。そういえば、私は見ていませんが「3丁目の夕日」という映画が大ヒットしましたね。私の年代とは少し違いますが、あの当時を懐かしむ人は多いのですね。

おっと、それで創価学会のことですが、創価学会にも当然そうした社会の雰囲気の中にあって、いわゆる“人情派”や“一本気の学会員”はまだまだ多かったのでしょう。ネットなどで知る限り、そうした学会員たちは、人からは好かれても、組織の要職からははずされていったのだそうです。つまり、上からの指示をそのままの言葉で下に伝える人でないと困ると、池田大作や幹部たちは考えたのでしょう。そうした粛清ともいえる組織作りを重ねるうちに、トップの意向がそのまま伝わる組織にはなったものの、組織的にはまったく楽しくない教団になったようです。それでも池田や幹部たちは、更に学会を大きくしようと、無理難題といってもいい活動を押し付けているようです。その結果多くのひとが精神病にかかることになっています。

その結果が今の創価学会問題をより鮮明にしているわけですが、昔のような学会に戻ることができるなら(無理な話ですが)、今の問題が解決するのかは、どうでしょうか?外にいる私から見て疑問なのです。

ここで考えてみたいのですが、当時和気あいあいとした学会が、本当に教義や指導によるものなのでしょうか。学会員の方には、自分を見下ろすような視線を持ったつもりで考えてほしいのですが、見知らぬ人同士があつまり、ひとつの志をもったとすれば、当時の時代背景から考えると、その和気あいあいとした高揚感は、自然に発生したものではなかったでしょうか。ですから創価学会に限らず、当時のいろいろな団体や会合などで起こったものではないかと。

そういえば、少し前にあった超人気ブログ「はったり特急」の中に「みかん箱の仏壇」という記事があったのを、覚えている方も多いでしょう。その記事には、地方から都会に集まった学会員たちが、身よりもなく、貧しい生活の中で、狭いアパートに集まり、臨時にみかん箱で作った仏壇に、みんなで唱題し、こころをひとつにした、という内容だったと記憶しています。

教義が正しいかどうかは別にして、これを読む限りは外部にいる私も、ほのぼのとした気になります。ただ気になるのが、このみかん箱の仏壇を前にした人々を包み込んだとする一体感が、日蓮や創価学会のご利益なのかは疑問です。私には先にいった自然発生したものと思えますが、これを検証しろといっても不可能なことですよね。

私のような外部のものからみて思うのは、創価学会は、昔も今も先にいった自然発生した人の高揚感と池田大作を頂点にした幹部の意向を、うまくブレンドしながら、学会員を働かせてきたということでしょうか。

あめとムチという言葉がありますが、池田創価学会が学会員に対して指導してきたのは、フレンド票の獲得であり、多額の財務であり、最終的には池田への師弟不二の精神の植え付けなのです。つまり、その強烈な思惑を遂げるために、その間に人の高揚感を煽り、挟んできた素材が、平和や福祉などであり、本心はこれっぽっちも人のことなど考えていないのです。創価学会政治部とされる公明党のやっていることを見ればわかることですね。そういえば、去年の参議院選の大敗の後も聖教新聞では平和のキャンペーンをやっていましたね。たしか「核廃絶、平和宣言50周年」とか。政策が頓挫すると、学会員の高揚感に頼るのですね。

1年ほど前でしたか、池田大作は次ぎのように言いました「これからの5年間は100年分に値する闘いを」と。しかし、外から見る限りもはや学会員には高揚感など残っていないようです。もう、使い切ってしまったかのようです。
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非公開コメント

ご無沙汰しております

新年のご挨拶もしてませんでしたね・・
今後ともよろしくお願いします。

さーて、今回の記事についてですが、脱創価ブログを転々としながらいつかこんな記事を書かれないかなぁと心待ちにしていました。

>その和気あいあいとした高揚感は、自然に発生したものではなかったでしょうか。
>そんな誰から教わったわけでもない常識が当時はみんなが持っていた、というより、当時の社会の雰囲気そのものであった気がします。

ここです。全くもって同感です。
漫画「サザエさん」でよくサブちゃんが「三河屋で~す」と元気よく他人の家に勝手に入ってくる場面がありますが、僕たちの世代では考えられないことです。
それだけ「悪い人なんていなかった」時代であって、その背景には貧しくて互いに協力しなければとても生活していけない、過酷な現実があったのでしょう。だからこそ、お互いの人間関係を大切にしたんだと思います。
それに加えて、戦後というのは人口が大量増加したことも忘れてはなりません。

創価学会他新興宗教団体というのは、こういった日本の土壌を糧に成長して来たのではないでしょうか。

また、僕の「昔はよかった??」の疑問点として、創価学会というのは僕の母親の時代にはすでに「迷惑な存在」だったということです。
話に拠れば、こっちの都合もお構いなしに喫茶店に呼び出して延々と話し続けたり、大声で勤行・唱題して壁一枚はさんだ隣人をノイローゼにまで追いやったり・・「創価学会お断り」という看板を出した店もいくつもあったそうです。それに過激度でいったら昔のほうがひどかったらしいですしね。

一体何が良かったんだ?(笑)

結局今も昔も、「内輪の幸福感」で自己満足していただけじゃないの?
と、思ってしまいます。

いやー、今回の記事は僕にとって本当にスカッとしたものなんですが、それにしても非活や脱会者の人たちの中で、コオロギ丸さんのような見解があまり見られないのは・・・一体どうしたものなんでしょうね。。

こんにちは、ほんとに凡夫さん。
こちらこそ、今年も宜しくお願いします。
ほんとに凡夫さんはまだお若いのですね。
ほんとに凡夫さんが仰る「サザエさん」の世界は昭和の時代そのものですね。あと、なにがあるでしょうか?「寅さん」に「亀有公園の両さん」など思いつくと楽しくなりますね。あのころの子供たちは、膝には擦り傷があって、泥だらけになって遊んだものです。今の子供がかわいそうに思えます。

当時は治安もよく、子供の誘拐事件でもあれば、社会全体が大騒ぎしたものでした。どうも今はね、そうした事件が多すぎていちいち気にかけなくなりましたね。
>創価学会他新興宗教団体というのは、こういった日本の土壌を糧に成長して来たのではないでしょうか。
そのとおりだとおもいます。国家神道から開放され、集団就職などで人のこころに空いた穴を埋めたのが、創価学会をはじめとする新興宗教だったのですね。伝統宗教も形骸化して力もなかったのでしょう。

昔の学会のむちゃくちゃぶりは語り草になっていますね。人をさらって投票所につれていったり、座談会に来ていた近所の子供を勝手に入信させたりなど。私も家で土曜の昼寝を楽しんでいると、学会員が5名ほど上がりこんできて、私を折伏しようとしました。さいわい、難を逃れましたが、そのうちの一人が最期にこういいました。「今入れば将来は幹部になれる」と。ヤクザではあるまいし。

今の創価学会は、前面的には無茶をしませんが、その分悪質化しているようです。人のプライバシーを利用していますしね。

ほんとに凡夫さんにこの記事を気に入っていただいてうれしくです。と同時に、当時の学会を語ってくれる人は貴重な存在ですね。

和気あいあいとした

こんばんは。
コオロギ丸さん

>和気あいあいとした高揚感は、自然に発生したものでは
>創価学会に限らず、当時のいろいろな団体や会合などで起こったものではないか

同感です。
創価学会員だけがよかったんじゃなくて
当時の日本人が和気藹々とした雰囲気の人が多かったと思います。

ではでは
そううそ

おやまぁ、今、そううそさんのところにコメントしてきたばかりでした。入れ違いですね。(笑)

そうですか、やはり、そううそさんもそう思われますか。
創価学会だけがそうではないことを多くの学会員のかたが気づいてほしいものです。

おぼえていること・・・

コオロギ丸さんこんばんは☆
私の小学校時代の6年間、はkkりと覚えていることがあります。
父がマイホームを持ったのが私が小学校1年生のとき。
その時には、友人の半分くらいは6畳一間に家族4人という住まいの状態でした。
そして、拠点っていうんでしょうか、毎日、朝方まで男子部だか青年部だかわからないけれど、仏間6畳+キッチンにオッサンが10人以上やってきました。
朝起きると部屋はタバコの臭いとオヤジの臭いで、本当に嫌な思いをしたものです。
母はよく耐えました。
大きな声で話し、題目をあげ、本当に迷惑きわまりありません。
その迷惑行為のおかげで創価学会は大成長したわけです。
ありえません。
今の大きな会館やらなにやら、政治にも介入して大きな顔をして、そういうことができるのは、あの当時の非常識な行動の結果なんです。
昔は良かったなんて思えません!!!
昔から大迷惑でした!!!

ようこそ、コロンさん

コロンさん、こんにちは。

仏間6畳+キッチンにオヤジ10人ですか、すごい世界ですね。
他の家族はたまったものではないです。

私の家は、当時父が学会嫌いだったので、拠点になることはありませんでした。そのかわり、母は家を留守にばかりしていましたが・・・。
私の母を見る限り、昔の高揚感はなくなり、その分、狡猾さとふてぶてしさだけが今は残ってしまったようです。家族が見ても見るに耐えない人になってしまいました。はぁ~~Orz

初めまして

初めまして、僕は4世で反創価です
うちの親父がとても池田大作を尊敬しており、僕が悩みを打ち明けたら「題目をすれば直るよ」(キリッ)と言うような人間で親としてではなくクズとしか見ていません

学会の人たちは自分たちが特別な存在みたいなことを言っていますが、結局他の人と大して差はなく
違いはと言うと学会至上主義で麻薬のように依存していることでしょうか

公明党は口だけの政党でしょうね
ポスターの種類が多いだけで
ドクターヘリ! 福祉! 女性のために!
どれもきれいごとを言っているだけですね

このようなことを父に言ったら大怒りで反論し、わけのわからないことを述べるのでこうしてネットで意見を交わしています

そんな団体が締め出されるわけではなく、タブー扱いされ裏で芸能界などを牛耳ろうとしているのはとてもひどいことだなぁっておもいます
創価学会という名前なので宗教だとは思わない人も多いでしょうし、日本だけでなく世界が創価学会の実態を知ってほしいです

こんにちは

コアラさん、ようこそ、このブログへ。

そうですか、4世となるとコアラさんもお若いでしょう。そのような方からコメントをもらえることはうれしい限りです。

私の母も創価学会です。今から、うん十年前に家族の反対を押し切り入信しました。その後、家庭はクチャクチャになってしまいました。

親の悪口をいうのは、言う方も疲れますね。そんなことないですか?それでも私も何千何万回と母親をののしったものです。しかし、何も生まれませんでした。疲労感だけがのこったものです。

>学会至上主義で麻薬のように依存していることでしょうか
そのとおりではないでしょうか。自分たちは特別なのだと思い込んでいる人も多いようです。
人を憎んだり、時にはバカにしたりして、それをバネにして生きる活力にしている人も多いですよ。これを操る幹部にしてみれば、エサとなる材料だけを与えていればいいのでしょうね。

>世界が創価学会の実態を知ってほしいです
そうですね。ただ、日本発のカルト宗教がフランスなどヨーロッパの国々でカルトとして認定され、反創価の日本人がそれを元に学会を批難するという、なんとも情けないのが日本の社会の現状です。今の選挙をみてください。公明党(=創価学会)に推薦してもらおうと、頭を下げる議員たちの多いこと!

ですが、創価学会の勢いは既に下降線をたどっています。内部で苦しむひとにも、辞めやすい環境が訪れるのではないか!と期待を持っていますよ。^^);

他の方のブログでも書いたのですが
僕は親父のことをクズとしか見ていませんので心配はいらないです

>公明党(=創価学会)に推薦してもらおうと、頭を下げる議員たちの多いこと!
公明党と創価学会は違う団体っていいますけど、支持母体が創価学会で公明党作ったのが池田大作ですからね・・・

またちょくちょく遊びにくると思うのでよろしくお願いします

コアラさん、お返事送れてすいません。
>心配はいらないです
今は、辛抱の期間ですね。
私は近いうちに創価学会には激震がくると想っています。
今、やめたくてもやめられない人にはよい機会が訪れるはずです。希望を持って生きていきましょう。
また、いつでもお越しください。

No title

年々宗教色が薄くなっている今のタイプの創価のほうが私好みですね

No title

へぇ~、こりゃまた びっくり!
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コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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