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学会流「如是我聞」て、なんだろう?2

お詫び
今回は前回の続きですが、そのとき、例としてあげた1から3について、再び考えることを約束したのですが、私の力量不足で取りやめることにしました。申し訳ございません。それで、今日は「学会流如是我聞」について思いつくままに書いてみたいと思います。

私は創価学会を思うとき、不思議に感じることがあります。それは、あれだけ大きな組織が、会員を動かすにあたり、レジメや指示書といったものもなく、全国、統一的に行えるのはどうしてなのだろうか?ということです。

「池田大作の品格」を読んで、「学会流如是我聞」というのを知り、それが答えではないか、という想いが強くなりました。これは、学会にどっぷりと浸かっている人には、かえって気づかないことではないでしょうか。それを「マインドコントロール(以下MC)というのだ」といわれれば確かにその通りですが、私のように学会に強い関心を持つものにとっては、そのひと言では終われないのです。創価学会というのは、組織の意図や思惑といったものを隠して、人を動かそうとします。逆にいえば「学会流如是我聞」から組織の思惑を知ることができると思うのです。

創価学会の「学会流如是我聞」とは、主に口コミで上から下へ流れる指示やうわさなどではないでしょうか。指示については勿論ですが、うわさについても、ある思惑をもって、トップから意図的に流されていると考えるべきだと思います。私は過去に学会解散派と自認される学会幹部の方とネットでお話したことがありましたが、その方が仰るには、創価学会というのは学会員の方向を見直すようなときに、先ずうわさを流して、下の方まで時間をかけて浸透させて、その反応の受け入れ度をみて、発表したり、修正したりするのだそうです。

これらの事例にはどんなものがあるでしょうか。創価学会に籍を置いたことない私には示しにくいのですが、例えば池田大作が永遠の指導者であるとか、学会の教義の変遷などが、「学会流如是我聞」の成果といえるのではないでしょうか。それらが確立するまで、口コミもあれば、聖教新聞による宣伝もあり、徐々に学会員の思考をずらしていったといえないでしょうか。

「学会流如是我聞」とは人の思考をずらすための手法であると思います。そして、何か問題があるときはトカゲの尻尾切りのように、下に責任を押し付けてサヨナラのひと言です。池田大作(=創価学会)が、学会員が犯した事件で、組織として責任を認めたことがあったでしょうか。池田大作が言論出版妨害事件(1970年)で、謝罪会見をし、国民の前に頭をさげた様子が、昨年、「TVタックル」で流れていましたが、その時、池田は2度と謝罪しないことを誓ったのではないでしょうか。姉歯さんの事件や、元サザンの大森さんとその奥さんの事件での創価学会の見解は、「もう、学会員ではありませんから」でした。学会員による選挙違反が問題となっても、警察に捕まるのは末端の学会員のみです。

創価学会は独自の「如是我聞」で、人を都合よく動かします。反対に下の人は、統監カードや、選挙のF票の成果や、はたまた自分の悩みや誓いに至るまで、紙に書かせて提出しています。これはもう、完全な一方通行といえるのではないでしょうか。多くの学会員は、下から上にあがった書類は、将来、人を拘束するための、担保にされることを知らないのですね。
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非公開コメント

依存・服従の心理を支えているのは権威主義かも?です。

どうもこんにちは。

創価学会の、各地域での信者達の集会で、
前に立ってしゃべる人というのは、極力
その話の中に、「池田先生はこうおっしゃってました」
ってのを入れるようにしているみたいですよね。

創価学会の信者達にとって、ことのほか重要なテーマ
というか課題みたいなものの中の一つに、
「師の思いを我が思いとする」みたいなのも
あったりもしますんで、

「先生はまた、こうもおっしゃられてました」的な、
そうゆう、外から見ればまぁもろ権威主義的な指導方法
(扇動方法?)も、創価学会の信者の面々には、
これがまた思いのほか効果あるんですよね。

ようこそ、ちゅうたさん

こんにちは、ちゅうたさん。
おもしろい話をありがとうございます。

当然というか、そうした集会で話をする人は、池田宣揚をしなければ、ではなく、どれだけ派手に持ち上げるかで、評価されるんでしょうね。みんなが競って持ち上げるから、益々、池田美化に拍車がかかっているようです。

学会員も池田賛美だけしていれば、安泰といったところなのでしょうね。でも、おかげで、それを疑問に思う学会員も増えているようです。

嫌創価派としても、学会には今の路線を突き進んでほしいものです。

ただ、今後の学会員は、池田賛美を疑問視する人には自分を取り戻すチャンスになると思いますが、そのまま、今の路線に突き進む人は要注意が必要だと思います。学会員のスタンスも、より分かれていくのではないでしょうか。危険ですね。

まさにそのとおり。

なんらか池田の指導(新聞その他書籍)を話しに盛り込めば、その人は「安全」と判断されます。
仏意仏勅である創価学会を一人で背負ってきた池田(自称)と思いを同じにしなければ罰が当たる、また広宣流布を成し遂げたのは創価三代会長以外には仏教史上存在しない、といったMCが平然と展開されてますからね。
まことに残念ながら信仰者を増やすこと、組織化することは仏教本来の目的にはありません
(--)b

逆に「私はこう思う」と言い出した日には、やけに他学会員の態度がよそよそしくなります。
そうすると少し年上の学会員が、
「君はまだ入ったばかりだからね。じきに分かるよ」
なんていう上から目線の人を小馬鹿にした指導をもれなく受けられます。

僕の少ない経験からですが、男子部内では常に自分の言動が学会的に「間違っていないか」どうかビクビクした会話が行われていました。こういった中では
「なぜ池田ばかりが賛嘆されるのか?」
という初歩的な疑問さえ投げかけられないのが現状だと思います。
B'zの歌に
「少しの~ズレも~許せない~♪」
という歌詞がありましたが、まさにこれかなという気がします(笑)

池田がどうこうに興味は無く、まじめに仏教を勉強しちゃう人ほど、異端視され、危険分子とみなされる変な自称仏教正統派団体です。

こんばんは、ほんとに凡夫さん

コメントありがとうございます。
こうした記事を書く場合、私のような創価学会の席を置いたことのないものにとって、何よりも頼りになるのは、内部の方の告発なのです。ありがとうございます。

>「私はこう思う」と言い出した日には、やけに他学会員の態度がよそよそしくなります。
これは、ほんとに凡夫さんの実体験なのですね。
>逆に「私はこう思う」と言い出した日には、やけに他学会員の態度がよそよそしくなります。
>「君はまだ入ったばかりだからね。じきに分かるよ」
これはもう、その年上の学会員が何の答えも持っていないことの証左ですね。注意して頂きたいのは、もし、ほんとに凡夫さんがそうした声を伝えたなら、さらに上のものに、その声が伝わってしまうことです。そのうち、組織としての対応が待つことになるかもしれません。ご注意ください。私はそうした組織べったり人間に対しては、本音をかくして、のらりくらりとされることをお勧めします。そのうち、本音を漏らしてくるかもしれません。ですが、それでも本音をいうことはお勧めしません。なぜなら、そうした人たちは、人として生きるより、自ら奴隷として生きる道を選んだ、生きる意義を放棄した人だからです。言葉のかけようもありません。その場合の最後の対応はネグレクト(無視)しかありません。これが究極のおもいやりなのだと思います。
>男子部内では常に自分の言動が学会的に「間違っていないか」どうかビクビクした会話が行われていました。
本当に、これからの創価学会は、スタンスが分かれて行くでしょう。今の池田宣揚路線に乗っかることの出来る人、そしてついて行けず、立ち止まって考える人。ですが、立ち止まれる人はまだ幸せなのではないでしょうか。自己を振り返るチャンスになるからです。本当に心配なのは、そのまま、池田宣揚路線に突き進む人ですね。誰が止めるのでしょうか。破綻する前に止まってほしいと願わずにはいられません。


ごめんなさい、シャモンさん

シャモンさん、本当にごめんなさい。
シャモンさんのコメントを、酔っていて、間違えて、削除ボタンを押していまいました。

本当に申し訳ありません。よろしければ、もう一度送ってください。平に誤ります。本当にすいません。

ご心配ありがとうございます。

ですが僕の場合、すでに「サイは投げられた」状態でして・・
多分みんな知ってるんじゃないですかね。
無視・居留守は有効ですが、実際はストレスたまります(苦笑)
なんせ「自他共に幸福」になってると大いなる勘違いをされてるもんで。。
彼らの捨て台詞はこうです。
「一人で悩まないでね。殻に閉じこもらないでね」
大きなお世話ですね~(爆笑)表向きはやんわりしてますが、中はドロドロ。どっちが殻の中やっちゅーねん(-^-)

>池田宣揚路線に突き進む人
>誰が止めるのでしょうか

自ら止まるのを待つしかないでしょうね。
一番かわいそうなのは、疑問を持ちながらも池田宣揚路線に並んでしまう人です。
でも僕たちが「こっちが正しいよ」とうながすのは、それは結局創価学会のやってきたことと変わりませんから・・できないんですよね。
とても辛いところです。


にゃはは♪ のっけからdeleteされちゃった
いやいや、シャモンはふぁんとむきゃっとですから~
すぐ再生しまするるる~♪

私、自分のコメをコピーしないヤツなので‥
(てか、コピーの仕方を知らん えばり!)
何を書いたかいな…?

そうそう、ユニークな挨拶を下記に発見したもので。
”おーおまえ~! おー貴様~!” は、私の生育された北部九州においてはフツーの会話でする と、、
これを横浜の街中でお久の同郷人同士(しかも地声がデカい)でやらかして 喧嘩認定されますた^^;

いきなりのこうした関係は無理ですが、そうしたほうに進めたらいいなぁ と。
消したのは読まれました?
改めて書くのは照れますなぁ
みの虫さんに宛てたぶんは某所で御挨拶頂きましたものですから そちらでお返ししたいと思います。

固いのは苦手なので これまで通りお願いしまするるる~♪
(消したのは気にしないでおくんなまし

ありがとう、シャモンさん

本当にすいませんでした。こんな失態は初めてです。数少ないコメントが益々減るところでした。シャモンさんに感謝します。

>ユニークな挨拶を下記に発見したもので
えっと、これはこのブログの中でのことですか?それなら、イヤガラセ目的に最近来ている奴のことですね。そいつのコメントはあまり載せていませんが、ここ3ヶ月くらいで20件ぐらい着ています。こうして書いているとまた送ってくるでしょう。インターネット喫茶を転々としながらね。バカなやつです。
>そうしたほうに進めたらいいなぁ 
これは勘弁してください。私のブログには合いません。いい子ぶりっ子していますので・・・
>みの虫さんに宛てたぶんは某所で御挨拶頂きましたものですから そちらでお返ししたいと思います。
すいません、消したものを読んでないので分かりません。
でも、まあ、以前のような調子でシャモンさんがコメントしてくれるのは歓迎します。
今後とも宜しくお願い致します。

ほんとに凡夫さんへ

コメントありがとうございます。

>実際はストレスたまります(苦笑)
今が肝心ですね。がんばってください。
>「一人で悩まないでね。殻に閉じこもらないでね」
こういう口癖の学会員は私の職場にもいます。ですが、本人のいないところでは、ひどい悪口をいっていることも知っています。都合が良すぎますね。
>でも僕たちが「こっちが正しいよ」とうながすのは、それは結局創価学会のやってきたことと変わりませんから・・できないんですよね。
こうした場合の対処はあると思います。それは言葉による働きかけではなく、学会から遠ざかったほんとに凡夫さんが、生き生きとした姿を見せることではないでしょうか。ほんとに凡夫さんのまわりの学会員は、本当は遠ざかった人の姿が気になって仕方がないのでしょう。ですから、学会外で自然といきいきとされていえば、それが彼らへのメッセージになると思えるのです。

こんばんち♪ コオロギ丸さん

あ、その辺のKYはさすがに出来ておりましたが(ユニークは私なりの揶揄でつ^^;)、そこまで粘着されているのは読めませんでた。
おー‥を不快になる気持ち加味していない文表現申し訳ないッす(深謝m(__)m

しかし言葉も様々な意味性や適用場面を持ちますね。
互いの気持ちが反発していても、逆に相互理解した関係(友)であっても 使う単語が同じだったりします。私はあまり形而上学的理由による一義性を言葉に持たせる事を嫌いますが、相手が不快になるのは本末転倒ですし‥ う~んややこしい

何にせよ、気持ちの接近が進めばよいなぁ程度の事ですから、今まで以上にぶっちゃける表現はいたしませんので御安心を♪(馴れ馴れし過ぎさはかなり自覚はしております ‥治らん~ トホホ)


なる程、デリートは本文を見なくても出来るのですね
管理システムはさっぱりこんなので、色々可能性を考えちゃいました
一度書いたモノを再度書いて送るのはチト照ッ(*^^*)

では改めまして、、、
これまで、またこれからも御苦労でしょうが、
お付き合いのほど宜しくお願い致します。 多謝。

シャモンさんへ

こんにちは。
御配慮ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します。
このブログは外部アンチの方だけではなく、内部アンチの方も読んでおられます。とてもありがたいことです。
このブログは外部アンチを対象にはじめましたが、今では内部の方も意識して書いています。あーあさんとしてこられている頃からくらべると、文体も変わったと思われるのではないでしょうか。
>なる程、デリートは本文を見なくても出来るのですね。
はい、そのとおりです。ブログの世界も進歩しているのですね。私なんかいまだにトラックバックができません。(笑)

ちょっと遅レスですが・・

>学会から遠ざかったほんとに凡夫さんが、生き生きとした姿を見せることではないでしょうか。

これは違うんですよね。実はこれも創価でよく言われることなんです・・
自分の優位性を見せ付けたり、またそれをねたんだりすることには何の意味もありません。

自分自身で理解し、納得すること無しにはどんなに矛盾を感じても方向転換することは難しいと思います。

かわいそうな学会員さんとは、外的な要素からでは呪縛の開放がかなわない方のことだと思います。

こんばんは 

コオロギ丸さん、こちらではおひさしぶりです。
このいわゆる界隈で投稿したのは、あのときが初めてでしたので、なにかとっても懐かしい。
「学会流如是我聞」う~ん さすがコオロギ丸さん、言い得て妙ですね。
実際これは便利なやりかたですね。「先生がこうおっしゃった」と言われたら、だれも否やは言えませんものね。
そして「おっしゃった」ことが伝言ゲームのように伝えらる途中にいろんなことが加味され、ローカルルールになるのかもしれませんね。

ほんとに凡夫さん
よくお名前は拝見いたしておりますが、初めてご挨拶させていただきます。

>まじめに仏教を勉強しちゃう人ほど、異端視され、危険分子とみなされる変な自称仏教正統派団体です。
>でも僕たちが「こっちが正しいよ」とうながすのは、それは結局創価学会のやってきたことと変わりませんから・・できないんですよね。
とても辛いところです。

とっても辛い、苦しい、じれったいという ほんとに凡夫さんのお気持ちが伝わってきます。
コオロギ丸さんのおっしゃるようにくれぐれも慎重に、そして自分自身を見失わないようにね。
何の助けにもなりませんが、ネットのむこうから応援していますよ。
私はまったく外部なので本当のところ学会内部のことは内部の方から聞かなければわからないんです。いろいろお聞かせくださいね。

シャモンさん こんばんわ~
どこかへ飛んで行っちゃったのはこちらからだったんですねー(笑
今頃は春の風にのってひらひらどこかで舞ってるかも~♪
ここから飛んでったなんて、なぜかうれしい。
だって、こちらは私の記念すべき初投稿の場だったんですもの。

それでは、みなさんこれからもよろしくお願いいたします。



みなさま こんにちは^^。
>>学会から遠ざかったほんとに凡夫さんが、生き生きとした姿を見せることではないでしょうか。

別にわざわざ「生き生きとした姿」を見せなくてもいいのでは?
普通にぼけーっとした姿でも十分だと思われます。

ではでは~♪

みの虫さん、ようこそ

いらっしゃいませ。
ここでは、久しぶりですね。あの時のコメントを今でも覚えています。

みの虫さんのような方が、この界隈に参加されることは、大きな励みになります。これからも宜しくお願いします。

「学会流如是我聞」は、私には荷の重いタイトルでした。でも、創価学会の本質が隠れているのは確かだと思います。今後の課題ですね。

ほんとに凡夫さんへ

こんにちは、ほんとに凡夫さん。

>自分の優位性を見せ付けたり、またそれをねたんだりすることには何の意味もありません。

これは、意識的にされなくても、ほんとに凡夫さんが、自然とふるまえば、そのまま、それがほんとに凡夫さんに働きかける学会員への答えとなるのでは、というのが私の考えです。

意識してみせる必要はないのです。今の生活をそのまましていれば、学会員は必ず、向こうから動いてくるはずです(というか、ほんとに凡夫さんの場合、すでに始まっているようですが)。

これは言い換えれば、学会員が相手と接するときの争点がずれていることを表しています。

考えると、話し合いというのは、対等のはずです。相手の言い分も聞き、自分の主張もする。そのなかで、合意点もあれば、受け入れられない部分もあるかもしれませんし、妥協を受け入れられることもあるかもしれません。

ですが、学会員というのは、はじめから、100%自分の世界に引き込むことしか眼中にありません。ですので、そうでない相手、それは非学会員であり、非活になったほんとに凡夫さんのような方なのですが、そうした相手と接する場合、本心を隠すことになります。

本心を隠した状態とは、思惑を遂げるためのへりくだりなのであり、つまりは精神的に伸びきった状態なのです。

もし、ほんとに凡夫さんに親しい学会員がいて、コイツには分かってほしい、と思われる方がいれば、私はその方へは、ネグレクト(無視)をお勧めします。ネグレクトを勧めるといっても、言葉も交わさないというわけではありません。相手の意向を無視するということです。

ですから、端的な話、ほんとに凡夫さんがそうした方と酒でも飲んだとした場合、ほんとに凡夫さんがその方の想いは一切告げず、もっと言えば、俺はこうなったけれど、お前はそのままがんばれよ、といったことが、突き放すのではなく、その方への最大のメッセージになると思うのです。

今のほんとに凡夫さんは、ご自身のことで頭がいっぱいでしょう。また、それでいいのだと思います。そして、まだまだ、そのような余裕がないと思いますが、ですが、いずれ心の整理がつき、そのような場合があったときは、私の意見も参考にされていただきたいとの想いで書きました。

なので、ほんとに凡夫さんが精神的にも開放され、そのありのまま、過ごしていれば、それが同時に、精神を伸ばして働きかけてきたものへの無言のメッセージであると思うのです。

ねここねこさん、はじめまして

今晩は、ようこそお越しくださいました。

運ちゃんさんのブログで、コメントを拝見しております。

私のねここねこさんへのお返事は、ほんとに凡夫さんへのものと変わりません。

ところで、ねここねこさんはすでに脱会されたと記憶しています。その過程では大変な苦労をされたことと思います。

どうでしょうか、私の学会員へのネグレクト作戦?は的を得ているでしょうか?

私はこのネット界隈には、「創価学会放棄宣言」という掲示板を出発点としてますので、大きく影響されています。でも、自信もあるんですよ。

またご意見なりありましたら、なんなりと仰ってくださいね。

コオロギさん、さっそくのお返事ありがとうございます。

>ところで、ねここねこさんはすでに脱会されたと記憶しています。その過程では大変な苦労をされたことと思います。

苦労というか、生まれる前から勤行に題目に座談会に池田名誉会長の顔写真が当たり前の環境でしたので、まったく何もしなくても普通の人生を送れる。と感じるようになるまで、十数年掛かりました。
(小学生のころ池田名誉Pの額縁写真を指差して、「ばーちゃん、なんであの人まだ生きてるのに写真飾ってるの?」なんて質問したことあります^^;)

>どうでしょうか、私の学会員へのネグレクト作戦?は的を得ているでしょうか?

退会したあと、学会員のほうが避けているので、どうだろうwww
一応、わたしのほうは顔なじみの婦人部や壮年部のおじさんたちを見かけると、強引に挨拶しています。(笑)

あまり難しいコメントは書くことが出来ないのですが、
こちらでもよろしくお願いいたします^^。

コオロギ丸さん こんばんち

横レスのようで申し訳ないですが、、
>‥話し合いというのは、対等のはずです…
そのとおりでして 「対等」が「平等」と違うのは
相互拮抗関係が成立して 初めて対等はルールになるようです。
相互に自己の努力がいるのですね。
これが構築出来てないと衝突or反発(ま、これはまだいいですが)、
主役はどっち?の駆け引き そして主従関係(マスタースレイブ)が生まれます。

まず負債を背負わない事 そして能動的な防御。
対等は相手の善意を期待では生まれないでしょうね。


みの虫さん つんつん♪(あり?

某資格商法でのレスを頂いておりましたが、新方向に呼応しましたのでこちらで、、
はい~♪ 今頃はアルゼンチン辺りをうろついてるかもしれません♪
極楽トンボの私と相似してるでしょからwww フワフワしてますよ きっと

某レスでの一年を読ませて頂きました。
ネットも無い エスケープも無い 一人できっちりこなされたんですね。
された苦労を私がどうこう感想出来ません 
実行動を御一人だけでされ 実効したその一年に 拍手!
”一人立つ” 気概に敬意します。

初めてのカキコを私も目撃出来た場所で またお会い出来て幸いです。
\(・o・)/ワア!
またお付き合いくださいまし。
皆さんも宜しくで御座います。

ねここねこさんへ

こんにちは。

そうでしたか、十数年と一口にいえますが、大変ながい時間ですね。
ある方がこういってます。「脱カルトをするには、それを信じていた時間と同じくらい時間がかかる」とね。
そうした苦悩をネットに出さない、ねここねこさんには強い理性を感じてしまいます。

>退会したあと、学会員のほうが避けているので、どうだろうwww
>わたしのほうは顔なじみの婦人部や壮年部のおじさんたちを見かけると、強引に挨拶しています。(笑)
これは笑えますね。まわりの学会員は、ねここねこさんのことが苦手なのですね。
学会員にとって、ねここねこさんは、学会の理論を覆す存在なのです。これからもがんばってくださいね。

シャモンさんへ

こんにちは。

そうです。本当に、職場で学会員と接しているものにとっては、常に「能動的な防御」で気を使わねばなりません。もう、疲れますよ。

ところで、シャモンさん、この記事のコメントも20件を超えました。調べてみると、なんと1年ぶりというあり様です。Orz
・・・・・・・・これからもおねがいします。

みの虫さんへ

こんにちは。

ご挨拶遅れて大変失礼しました・・
これだから最近の若いモンは、と言われてしまいそうです。。すいません・・

>何の助けにもなりませんが、ネットのむこうから応援していますよ。

お心遣い、ありがとうございます。
僕自身は、今は「信仰」という呪縛を脱ぎ捨て、生身で普通に人生を歩んでいます。
学会や日蓮から身も心も遠く離れていますのでコオロギ丸さんのような身近な脅威はもはやないでしょう。

>いろいろお聞かせくださいね。

僕の話でよろしければなんなりと・・
今後ともよろしくお願いします。



コオロギ丸さん。

こんにちは。
お返事が遅くなりました。

>今のほんとに凡夫さんは、ご自身のことで頭がいっぱいでしょう。

仰るとおりです。
創価学会云々関係なく、一社会人として生きていくこと自体でそう感じます。

>学会員というのは
>そうした相手と接する場合、本心を隠す

そしてさらに僕自身まだ若いということ・・コオロギ丸さんのご心配されている事はごもっともだと思います。だからこそ僕は「徹底的に関わらない」というスタンスでいます。ネグレクトというよりはちょっと極端なやり方でしたが・・
今ではねここねこさんのように、学会の人はよってきません。
前のコメントではまだ非活になって間もないときのことをお話しました。

>親しい学会員がいて、コイツには分かってほしい、と思われる方がいれば

スッタニパータという経典にはこんなことが書いてありました。

「もし汝が賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者を得たならば、彼とともに歩め。
しかしこのような朋友を得ることができなければ、罪過(とが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。(趣)」

僕は日蓮にも創価学会にもその中で関わった人にも全く未練はありません。
コオロギ丸さんのアドバイスは非常にありがたいと思っています。
しかし、僕はそのような友人を、腹割って酒を飲めるような友人を創価学会で作ることはありませんでした。もしかするとコオロギ丸さんのご指摘を受けなければならないのは僕ではないのかもしれません。

>ほんとに凡夫さんが精神的にも開放され、そのありのまま、過ごしていれば、それが同時に、精神を伸ばして働きかけてきたものへの無言のメッセージであると思うのです。

そうですね。そうあることを願っています。
しかしながら、妄信の壁、何十年もの「組織・教義への信仰」の壁というのはどうしてなかなか厚いものなようです。。

ほんとに凡夫さんへ

そうでしたか、非活になられて1年ですから、ある程度、時間がたったのですね。いろいろあったと思います。
>腹割って酒を飲めるような友人を創価学会で作ることはありませんでした。
これは寂しいことです。といっても悪いのは創価学会なのですが、これからは一般社会で「友」を作ってくださいね。
sidetitleプロフィールsidetitle

コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

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