スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

創価学会の本質は広い視野でみよう

皆さま、こんにちは。休みを宣言しながら、のこのこと出てきました。

今日、テレビでニュースを見ていると、ロンドンに着いた聖火が巡回中に、現地の人たちによって妨害されていましたね。その光景を見ての感想は、人様々なのでしょうが、私には、その妨害しようとした人にも正当性があるように想えてなりませんでした。

その妨害しようとした人たちは、法律的には確かに不法行為なのかもしれません。ですが、彼らの行いには一定のルールが守られていることを、ニュースで見る限りでは確認することができます。

それは彼らの行為が対象としたのが、聖火であり、人を傷つけることを目的としていないことです。一見、無秩序でゲリラ的にみえる行為にも、人権に対して培ってきた、というか、闘って勝ち得た西欧ならではの人権に対する配慮と成すべき主張を、一定のラインを超えない行為にその高さを見た想いです。

これに対して、そのトラブルの近くでは、英国在住の中国人たちも自国の正当性を主張するデモが行われていましたが、その中の一人の女性は「西側社会の報道は真実を伝えていない」などといった声を張り上げていました。その姿は、私のように日頃から創価学会の存在を肌で感じている者にとって、学会員と重なって見えるのでした。同質であると。ロンドンという比較的言論が自由な土地にいて、それくらい感じ取れないのかという想いもします。

まぁ、ずい分、乱暴は比較と指摘される方も多いことでしょう。でも、中国、韓国、北朝鮮の外交姿勢というより本質というか、そうしたものと、創価学会のそれも重なるものが多いといえませんか?

今回の一連のチベット騒動で、中国政府はいったんは外国メディアを締め出しながら、その後、落ち着いた地域のみをコースに、外国メディアを受け入れ、チベット人の暴動による被害者のインタビューを聞かせました。これは外国のメディアに、外側から、中国有利のイメージを報道させようとした思惑ありありで、かえって、現在の中国政府の発想の幼稚さと傲慢さを外国に示す結果となってしまったようです。しかも、その後が更にひどく、中国国内で西側メディアに抗議する署名がどれだけ集まっているとか報道が流れる(流す)始末です。これらついては、中国政府の性質の悪さを強く感じてしまいます。

ところで、創価学会でも同じような手法を用いていますね。「外から見た創価学会」という本が出版されていることをご存知ですか。しかも続編まで出ているという。私も勿論、くだらないので読んでいないのですが、何でも、学会員でない有名識者が、“ちょうちん持ち”となって、これでもかと池田大作や創価学会を褒めまくるといった内容のようです。こちらの方は一般書店ではほとんど売ってないので、もっぱら内部向けといえます。しかし、外部の力を利用して、組織の安泰を図ろうとする姿勢は、単なる同じ姿勢というより同じ本質と言った方が妥当といえますね。

話を中国に戻せば、そうした内部での署名を集めて、その国民の声を発信しても、実際にはその政府の元では、土地の収用で家を失ったり、日本では考えられないような時間を働かされる労働者の悲鳴が絶えないのです。それが創価学会の内部の悲鳴と重なるといえば、これまた、あまりにも比喩がありすぎるでしょうか。

創価学会については、私は外部のものにとっても、また内部において組織に疑問を持つ者にとっても、創価学会の本質を知ろうとすることは、その教義を深く知ることではなく、関連するニュースを客観的に知ることが近道だと想っています。池田大作がどう言っているかではなく、どこのどんな人と付き合っていたかとか、聖教新聞ではきれいごとが書かれているが、実際、地元の幹部からはどんな指示が出ているかとか、そのように考えていけば、いっていることと、やっていることのギャップはあまりにも大きいことに気づくはずです。創価学会問題は善悪を論じるものではなく、その大きな弊害を気付き、対処できるかではないでしょうか。



追伸

記事が更新されないのに、ここを訪れてくださる方々へ

本当にありがとうございます。すいませんが、コオロギ丸はもうしばらく休む予定です。宜しくお願い致します。

ところで、最近見るテレビで「あれ!」と思うことがあります。それはマチャミこと久本雅美の髪型が変わったことです。はじめ、それがマチャミと分からないほどイメージが変わっていました。清純とはいえないまでも、あまりにも清楚な髪型に、気づいた瞬間、「おや」と声をあげたくらいです。以前、次の衆議院選挙に出馬のニュースがあったマチャミ。ついにそれに備えてイメージ作りをはじめたのかな~? だとしたらずい分、用意のいいことですね。公明党(=創価学会)もなりふりかまっていられないのでしょう。次の選挙はマチャミで勝負??? 福田内閣の支持率も危険水位に入ったようです。夏のサミットまでもつのかどうか。それを踏まえて公明党(=創価学会)もいよいよ臨戦態勢に入ったのでしょうか?

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

おひさしぶりです。

ヨーロッパにあって
中国にないもの。
それは 「世論」 。

今のやりかたじゃ
いつか崩れますよ。
某国も某宗教も。

世論に気づいて
公正に検証して
自ら変わらないと。

コオロギ丸さん、
取り上げて下さって
ありがとうございます。

お休みされるとのこと。
お帰り待ってますから
ゆっくり充電なさってね。

おやすみなさい☆

さあやさんへ

コメントありがとうございます。

公明党(=創価学会)も創価学会も、平和を口癖のようにいいながら、チベット問題ではなんのコメントも発していませんね。

創価学会に平和を語る資格などないのがよくわかります。

こうなったら、胡錦濤さん、何が何でも来日してもらい、池田大作と厚い抱擁をしてほしいものです。
そしてパネル展でもしたらいいでしょう。
「スターリン・胡錦濤・池田展」をね。

こんち♪ こおろぎ丸さん

>創価学会の本質は広い視野で見よう

「本質」と云うモノを一つで充分 と云う姿勢をよく見かけます‥
純粋本質探し とか、本物探し(偽物探し)とか、正しさとか‥ 
唯一的に一つを以て全を指していたりします。
対象の質が同一であるモノの飾りとか余分なモノを取り除いて、純的質である本質を判断・分析するのなら良いのですが‥

本質探し または本質認定は還元法です。
対象を十分に理解し正確に把握・分析していなければ、その設定した本質は対象を歪に不正確に評価する事になるでしょうし、本質を設定した者にも不利益になりますね、、、
その一(いち)が全の要素を併せ持つ ならばよいですが‥

一を以て全を知る事が出来る偉い人は、一で全を想定出来る知識をその人が持っている または見通す事が出来る能力を持つ から(しかもエラーが無い)。ですが私達凡人にはなかなかそうした能力をこの身に持たせる事は出来ません 偶には当たりますがよく間違えます。その間違いを極力少なくさせるためにも対象への正確な事実把握の努力と労力を怠れない。

その手間を惜しんだり端折ったりすると‥
決め付け や、レッテル張り 思い込み等の現象が現れるようです。

私は本質探しをあまり推奨したくないです。
本質探しは相当なスキルを必要とします。
一般の私達が安易に探し語るには重要過ぎるでしょう。
(本質=実体・基礎・原理・根本 等、つまり正しさを語る形而上学です)
語るならば、一面的な事で とか、仮説的に とかを周知させ、異論反論を拒まない姿勢が要るでしょうね。

創価学会も様々な質(相)を持ちますから、その総体を断じるならばその種々の質に応じて本質を探さなければならない(どの種の本質が主=メインと設定すると他をないがしろにする事になる)。
一点集約的本質設定は創価の全てを顕せない。
こうした点でも、記事タイトルの広い視野 必要不可欠ですね。

創価学会総体ではなく、部分を「私ゃこれがダメじゃ!」 は無論有りですよん♪
(チベットについては‥ う~ん、一先ず 体制と反体制 としときます ややこしいし)

シャモンさんへ

う~ん、シャモンさんは鋭い視点を持っておられるようです。確かに仰るとおりです。

私はブログで、チベットに対する中国政府と創価学会のつながりや相似点を上げたいと思っていますし、その行いから創価学会というものが、対学会員向けに宣揚する観念的な言葉と、実際に進もうとする方向のギャップと取り上げたいのです。

私は頭が悪い私なりに創価学会の本質というのをおぼろげながらもっています。ですが、私の4流ブログで取り上げられるのは、その一端であり、その正確性もいまいちかもしれません。

その意味では、いろんなブログがシンパ系も含めて、様々なスタンスで創価学会に対して思うことを素朴に発信してほしいと思っています。それが積み重なって創価学会の本質に迫れるのではないかと。このブログもそんな中のはしくれであろうと思っています。

毎日きてます(笑)

おやすみ中失礼します。

非常に興味深いです。
創価思想で育った方々、中華思想で育った方々・・なんでああも様子まで似てくるんですかね(笑)

>創価学会の本質を知ろうとすることは、その教義を深く知ることではなく、関連するニュースを客観的に知ることが近道

実際は教義のほうもいろいろお留守になってるんですが、確かに組織の実態を把握しようとしたほうがお手軽かつ正確に判断できるかもしれませんね。
僕としては宗教の本質は教義にありと言いたいところですが、残念ながら創価学会では悪い意味でぜ~んぜん教義が重んじられていない。探求もない。でも2世3世には「日蓮本仏論」「池田正統継承者」などが平気で常識として叩き込まれています。
これは教義というより、組織の動きとしてみたほうが正しいですね。その目的がどこにあるのか、もう自明の理でござーますんで・・

かくいう自分も術中にはまっていたと思うと非常にカナピーです(T0T)エーン

でわでわ、またの更新、楽しみにしております。。



     

ありがとうございます

ほんとに凡夫さん、こんにちは。
毎日来ていただいて、とてもうれしいです。

私は日蓮の教義にも疎く、さっぱり分かりません。ですから、創価学会のいうきれいごとは、全てうわの空になってしまい、残るのは創価学会が実際にやっていることへの裏付けばかりが頭を占めてしまいます(笑)。これも困ったことですが、創価学会を考えるとその方が妥当であると思っています。

>かくいう自分も術中にはまっていたと思うと非常にカナピーです
お気持ちをお挿しします。ほんとに凡夫さんもいろいろなとこでコメントされておられますね。そうして他の人に意見したり、アドバイスしたりすることが、その他の人の気持ちを楽にし、それが回りめぐって、自分自身の悲しみを克服することになると思います。

勝手なものの言い方ですいません。でもネットていいものですよね。



全く同感です

そもそもインターネットの目的というのは、人類がなかなかなし得なかった「情報・知識の共有」です。
確かに、そのオープンさが逆手に取られて様々なリスクを伴ってはいますが、もたらされた恩恵は計り知れないものです。
ちょっとオーバーラップかもしれませんが、創価問題を通して「情報が与えられない不幸」というのが垣間見える気がします。ですから、こうしたアンチブログはインターネットの本来の目的がしっかり果たされていますね(^^)bグッジョブ!!

創価学会はネットネットといって、まるで流行りモノであるかのような扱いをしておりますが、「こーせんるふ」とかいう中身のない、何の利益ももたらす見込みのない目的などより、高度で、知的で、画期的な、「人類の願い」が反映された偉大な技術だと思います。

ほんとに凡夫さんへ

コメントありがとうございます。

創価学会では、聖教新聞などでアンチ創価ブログを、ひどい言葉で非難しているのを見ますが、ネット自体をあまり好んでいない傾向や指導があるのでしょうか。

創価学会幹部にとっては、自分たちの意向から学会員たちが離れていくことは、何よりも恐れていることでしょうね。その意味では、ネットは大敵なのではないでしょうか。

今頃来ました^^;

>創価学会の本質を知ろうとすることは、その教義を深く知ることではなく、関連するニュースを客観的に知ることが近道。

この部分、納得です。
創価の教学研鑽、勉強をやればやるほど、言動と実際の行動が違うことに戸惑っていました。
素直に心の叫び?に気づいてあげればよかったなーって、今更ながら思っています。

ようこそ

こんにちは、ねここねこさん。

>素直にこころの叫び ですか。
本当にそうですよね。人には元々防衛本能があるといいます。今ある情況が自分に合わない、拒否している場合に、人はこころの叫びをあげるのでしょうね。

その意味では創価学会にしろ、他のカルト宗教にしろ、大切なのは自分の本当のこころの思いを受け入れることなのですね。言葉では簡単ですが、これが難しいのですね。
sidetitleプロフィールsidetitle

コオロギ丸

Author:コオロギ丸
ようこそ、嫌創価流へ
創価学会と学会員はある意味で反面教師である、という方がおられます。その通りではないでしょうか。
創価学会並びに学会員をウォッチすることは、世間一般人にとって、必ず役に立つと確信します。
さあ、一緒にウォッチしませんか?

sidetitle最近の記事sidetitle
sidetitle最近のコメントsidetitle
sidetitle最近のトラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリーsidetitle
sidetitleFC2ブックマークに追加するsidetitle
FC2ブックマークに追加
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitleFC2ブックマークに追加するsidetitle
FC2ブックマークに追加
sidetitleブログ内検索sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。